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東京地方裁判所 平成3年(ワ)8630号 判決 1992年7月16日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

理由

【事 実】

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的請求)

被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地を明け渡せ。

2  (予備的請求)

被告は、原告に対し、平成四年一一月二六日が経過したときは、別紙物件目録記載の土地を明け渡せ。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  主位的請求

(一) 本件賃貸借契約の締結

(1) 原告は、昭和四七年一一月二七日、被告に対し、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を、賃料一か月金二七〇八円、賃貸借期間六〇年、堅固建物所有目的との約定で賃貸し、これを引き渡した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

(2) 原告は、本件賃貸借契約締結に際し、被告との間で、被告が本件賃貸借契約上の債務を履行しなかつた場合には、原告は、何ら催告を要せずして本件賃貸借契約を解除することができる旨合意した。

(二) 用法違反

(1)被告は、本件賃貸借契約締結後、現在に至るまで、本件土地上に建物を建築することなく、本件土地を駐車場として使用している。

(2) 建物所有目的の土地賃借人が長期間にわたつて建物を建築することなく更地として使用し、その後建物を建築する場合には、建物の朽廃時期がそれだけ先になつて、賃貸人は極めて重大な不利益を被ることとなるのであるから、建物所有目的の借地人は、賃貸借契約後相当期間内に建物を建築する債務を負つているものというべきであり、右(1)記載の被告の行為は、契約により定められた本件土地の用法に違反するものとして、本件賃貸借契約上の債務不履行に当たる。

(三) 解除の意思表示

原告は、被告に対し、平成三年五月八日到達の内容証明郵便をもつて、右1(二)記載の債務不履行に基づき、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

2  予備的請求

(一) 前記1(一)(本件賃貸借契約の締結)(1)と同じ。

(二) 契約目的の変更

(1) 被告は、本件賃貸借契約締結後、現在に至るまで、本件土地上に建物を建築することなく、本件土地を駐車場として使用している。

(2) 原告は、当初から右(1)記載の事実を認識し、異議を述べることなくこれを了解していたことにより、本件賃貸借契約締結後、被告が建物建築に要する相当期間を経過した時に、原告と被告の間で、本件賃貸借契約における本件土地の使用目的を契約締結時に遡つて、駐車場として使用するものと変更する旨の黙示の合意が成立した。

(三) したがつて、本件賃貸借契約は、民法六〇四条一項により、本件賃貸借契約締結後二〇年経過した平成四年一一月二六日の経過により終了するものであるところ、被告は、原告に対し、右賃貸借契約の終了を争い、本件土地を明け渡す意思がないことを明示している。

3  よつて、原告は、被告に対し、主位的に本件賃貸借契約の債務不履行解除による終了に基づく現在の請求として、予備的に本件賃貸借契約の期間満了による終了に基づく将来の請求として、本件土地の明渡しを求める。

二  請求原因に対する認否等

1  主位的請求

(一) 請求原因1(一)(本件賃貸借契約の締結)(1)及び(2)の各事実は、いずれも、認める。

(二) 同(二)(1)(被告による駐車場としての本件土地の使用)の事実は認め、同(二)(2)は争う。

建物所有目的の土地賃借人は、特約のない限り、建物建築の義務を負うものではないから、被告が建物を建築しないことをもつて契約違反ということはできない。また、被告は、建物所有の目的を放棄したり、断念したりしたのではなく、建物建築までの間、暫定的に本件土地をそのままの状態で駐車場として利用しているに過ぎず、用法違反には当たらないというべきであり、かつ、右の暫定的利用において本件土地に何ら変更を加えるところがなく原告に何ら不利益を与えるものでもないから、被告には原告との信頼関係を破棄するに足りない特段の事情があり、被告が本件土地を駐車場として使用していることを理由としては、本件賃貸借契約の解除権は発生することがないというべきである。

(三) 同(三)(解除の意思表示)の事実は、認める。

2  予備的請求

(一) 請求原因2(一)(本件賃貸借契約の締結)の事実は認める。

(二) 同(二)(1)(被告による駐車場としての本件土地の使用)の事実は認め、同(二)(2)のうち、被告が本件土地を駐車場として利用していることを原告が認識しながらこれに異議を述べたことがなかつたことは認め、その余は否認し、又は、争う。

(三) 同(三)のうち、被告が本件土地を明け渡す意思がないことを原告に対して明示したことは認め、その余は否認し、又は、争う。

【理 由】

一  主位的請求について

1  請求原因1(一)(本件賃貸借契約の締結)(1)及び(2)の各事実は、いずれも、当事者間に争いがない。

2  同(三)(解除の意思表示)の事実も、当事者間に争いがない。

3  解除の効力について

(一) 本件賃貸借契約が建物所有を目的とするものであること及び被告が本件賃貸借契約締結以降現在に至るまで一九年以上の間、本件土地上に建物を建築することなく、本件土地を駐車場として使用していることの各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

そこで右各事実に基づいて検討するに、一般に土地賃貸借契約が建物所有を目的とするものであつても、賃借人が賃貸人に対し契約締結時以降の一定期間内に建物を建築することを特に約する場合のほか賃貸人が賃借人の建築する建物につき一定の時期までに財産上の権利を取得し又は義務を負担することが当事者間で合意されている等の特段の事情がある場合を別にすれば、賃借人において、当然にその賃貸借契約上の債務としての相当期間内に建物を建築すべき義務を負うものと解することはできないところ、これを本件について見ると、原、被告間に建物建築の特約があつたことも、本件賃貸借関係において右の特段の事情があつたことも、いずれもこれを認めるに足りる証拠はないから、被告が本件土地上に建物を建築すべき義務を負うものとはいえない。

(二) もつとも、原、被告間で、前示のとおり建物所有を目的とすることが合意されているから、本件賃貸借契約上、被告が本件土地を建物所有というその合意された目的以外の用途に使用しないという消極的な内容の債務を負担するものと解することができ、そうであるとすれば、本件土地を駐車場として使用する被告の右行為は、仮にそれが自己使用のためのものであるとしても、本件賃貸借契約により定められた用法にその限りにおいて違反するものといわざるを得ない。

しかしながら、《証拠略》によれば、被告は、本件土地を整地した以外には、何ら本件土地に変更を加えることなく、その整地済みの状態のままで駐車場として使用しているものであること及び原告は、被告が本件土地を駐車場として使用していることを認識しながら、前記の本件賃貸借契約解除の意思表示をするまでの間、被告に対して何ら異議等を述べたことがないことの各事実が認められるのであつて、右各事実によれば、被告に右に指摘したような消極的な意味合いにおける用法違反の事実があつても、本件では、いまだ原、被告間の信頼関係を破壊するに足りない特段の事情が存在するものというべきであり、したがつて、被告の右のような用法違反のみを理由としては、原告が直ちには本件賃貸借契約を解除することはできないものといわなければならない。

なお、原告は、建物所有目的の土地賃借人が長期間にわたつて建物を建築せず、その後建物を建築する場合には、建物の朽廃時期がそれだけ先になつて賃貸人が不利益を被る旨主張し、なるほど、借地法上、土地上に建物が存在している場合には賃貸人による更新拒絶が制限されるなどの規定が存することに鑑みれば、建物の朽廃時期が先になることによつて賃貸人が事実上不利益を被る可能性があることは否定できないけれども、土地賃借人が長期間にわたつて建物を建築しなかつたというような事情は、普通には、当該事案に応じ、賃貸人による更新拒絶の際における正当の事由の有無の判断において斟酌されるにとどまる事情と解すべきであるから、本件賃貸借の賃貸人である原告が右のような不利益を被る可能性があるとしても、そのことも、被告の前記のような用法違反が原、被告間の信頼関係を破壊するに足りないとの前記の判断を左右するものとはいえない。

(三) 右(一)及び(二)の認定判断によれば、原告による前記の本件賃貸借契約解除の意思表示は、解除権が発生していないのになされたものであつて、その効力を生ずるに由ないものというべきである。

4  したがつて、原告の解除による本件賃貸借契約終了の主張は、理由がない。

二  予備的請求について

1  請求原因2(一)(本件賃貸借契約の締結)の事実は、当事者間に争いがない。

2  同(二)(1)(被告による駐車場としての本件土地の使用)の事実は、当事者間に争いがない。

3  原告は、被告が本件土地上に建物を建築することなく本件土地を駐車場として使用していることを原告が認識し、これを了解していたことによつて、被告が建物の建築に要する相当期間を経過する時に遡つて本件土地の使用目的を駐車場として使用するものと変更する旨の黙示の合意が成立した旨主張するけれども、そもそも本件では、原告と被告の間で本件土地の使用状況について交渉、話合い等の経緯が存在したとか、原告が被告に対し本件土地を駐車場として使用することを了承する旨表示したとかいう事情が存在したとの主張立証が何らなされていないのであるから、被告が本件土地を駐車場として使用していることを原告が認識しており、原告がその使用に対して異議を述べたことがなかつたとしても、そうした状況のみでは、原、被告間で本件賃貸借契約における本件土地の使用目的を建物所有から駐車場に変更する旨の意思表示の合致があつたものと解することは到底できず、他に右のような変更の合意が成立したことを認めるに足りる証拠は存しない。

かえつて、《証拠略》によれば、被告は、本件賃貸借契約の締結後、いくたびかにわたり、本件土地上に建物を建築しようと計画しては、種々の理由によりそれがいずれも挫折した経過があるのみならず、その経過の間において、原告が被告に対し本件土地を含む一帯の原告所有の土地の再開発ビル建築計画への参加及び協力をいつたん呼び掛けたことがあり、その計画においては被告がいわゆる借地権者の一人として数えられ、被告もその計画に賛成をしたが、他の借地人らとの間で折り合いがつかなかつた等の理由により、結局その計画が立ち消えになつたこともあつたことが認められ、これらの事実に弁論の全趣旨を合わせれば、被告は終始現在まで、原告も本件訴訟の提起前までは、本件賃貸借契約の目的を建物所有から駐車場に変更することを求めたり、要求したりする意思をそもそも有していなかつたものと推認するのが相当である。

4  したがつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の期間満了による本件賃貸借契約終了の主張も、理由がない。

三  結語

以上の次第で、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 雛形要松)

《当事者》

原告 天桂菴

右代表役員 今井恵晃

右訴訟代理人弁護士 寺崎政男 同 遠藤 徹

被告 有限会社 三葉商店

右代表者取締役 横山豊吉

右訴訟代理人弁護士 清水良二

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